2017年04月20日

【入江旧居の二十四節気】穀雨

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2017年4月20日は二十四節気の穀雨です。
この頃降る雨は、穀物をはじめとする種々を育みます。
そう思うと、雨の中を歩いているときも、少しだけ優しい気持ちになれるような気がします。
入江泰吉旧居は小さな表門から庭のそこここに、そして、廊下から見える川向こうの借景にも
たくさんの楓(かえで)の木があります。
赤く染まる時期も素晴らしいのですが、毎年この頃、いっせいに楓の若葉が出そろう時期もまたよいものです。
すっかり葉を落として春を迎えた枝枝に、ほんのりと赤みを帯びた葉が点々と顔を出し、
そうなるとほんの一週間ほどで、やわらかい緑色の、手のかたちをした葉っぱへと変わっていきます。
そよそよと風に吹かれる青楓を見ていると、とても清々しい気持ちになります。

穀雨が終わるともう、夏が始まります。

   文 倉橋みどり 写真 石井均
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2017年04月03日

【入江旧居の二十四節気】清明

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2017年4月4日は二十四節気の清明です。
清明とは「清浄明潔」を略したものだといいます。
いま、入江泰吉旧居の床の間にかかっている入江先生直筆のお軸は「山色清浄身」。
ここにも「清浄」の二文字が入っていますが、もともとは、蘇東坡の詩の一節であり、禅語にもなっているそうです。
溪聲便是廣長舌   渓声すなわち是れ広長舌(こうちょうぜつ)
山色豈非清浄身   山色豈(あ)に清浄身に非(あら)ざらんや
夜来八萬四千偈   夜来(やらい)八万四千の偈(げ)
他日如何人擧似人  他日如何が人に挙似(こじ)せん

この詩も「山色清浄身」という言葉も、禅宗ではかなりおなじみのようで、インターネットでもたくさんのサイトで紹介されていました。
いくつか読み比べた中でも、すっと心に入ってきたのは、曹洞宗東海管区教化センターのサイトにあった「谷川の水の流れる音も仏の声であり、姿であります。清浄身とは法身の仏さまということであり、法をもって身とする仏さまであります。それが山であり川であるというのであります」という解説でした。
旧居の応接間に座っていると、すぐ側を流れる吉城川のせせらぎが心地好く聞こえてきます。
そして、だんだん日差しが温かくなるにつれ、庭に遊びにやってくる鳥の姿が増えました。
「なんだか時間を忘れ、のんびり長居をしてしまいました」と言ってくださる方がときどきあります。
入江先生がおられなくなっても、このお宅は「山色清浄身」という言葉にふさわしい場所のままです。


   文 倉橋みどり 写真 石井均
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2017年03月19日

【入江旧居の二十四節気】春分

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 2017年3月20日は春分。
 春分の日は太陽が真東から上り、真西に沈む日。
 仏教では、私達が住む此岸は東に、悟りを得た彼岸は西にあると考え、春分と秋分の日には此岸と彼岸とがもっとも近くなることから、亡き人々の供養をするのだそうです。
 入江泰吉先生のお墓は、旧居から歩いて5分ほどのお寺の、鐘楼のすぐ脇にあります。
 旧居が一般公開されてからは、ご命日やお誕生日など折に触れ、お参りさせていただく回数が増えました。
 迷うことがある日も、しばらく墓前で手を合わせるだけで、心が軽やかになり、また頑張ってみようという気持ちになれるのです。
 今年はちょうど春のお彼岸に合わせたように、お墓のすぐ脇のしだれ梅が見ごろになりました。
 花は淡い紅色で、春の風にゆらり、ゆらりとやさしく枝が揺れるたび、まるで木全体が微笑んでくれているような……。
 旧居の一般公開が始まって、早いものでもう三度目の春です。


   文 倉橋みどり 写真 石井均
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