

2018年12月7日は二十四節気の大雪。
入江泰吉旧居で長い間楽しませてくれた紅葉も終わりです。
日差しに映える紅葉も、黄昏時の少し翳りのある紅葉も、
どちらもとても美しいものでした。
紅葉が最高に美しい日。
入江旧居のソファに女性がひとり、座っておられました。
70歳代後半ぐらいでしょうか。
ご案内をしようと話しかけたとき、
その方が泣いておられることに気付きました。
「だめね、もうだいじょうぶかと思ったのだけど・・・」と小さな声でおっしゃるのです。
「何度もここに寄せてもらって、先生や奥様とおしゃべりをして・・・。
ほんとに楽しかったあ・・・・」。
涙をぽろぽろっとこぼしながら、
「ここが公開されるようになったって聞いて、すぐに来たかったんだけど、
少しこわくって。
だって、もう先生も奥様もおられなくなってしまったことが、まだうまくのみこめてなくて。
本当のことなんだって、思い知らされるでしょ」。
以前はこの旧居の近くにお住まいだったそうですが、
いまは引っ越して、奈良県外にお住まいのようです。
今日は、思いきって訪ねてくださったということでした。
「玄関を上がるのに、勇気がいったわ」
ともおっしゃるその人のそばに、
私はただ、うなずきながら、座っていることしかできませんでした。
しばらく静かな時間が過ぎて、
「やっぱり辛かったけど、来てよかったわね」。
自分に言い聞かせるようにおっしゃる顔は、とてもさびしそうに見えました。
「もしかしたら、これで、ここに来られるのも最後かも・・・、わたしももう年だから」。
ゆっくりと
ゆっくりと
小さくなっていく背中を見送りました。
入江泰吉先生が亡くなって26年。
まだまだ、思い出を大切に抱えている方々がおられます。
そういう方々にとって、
施設になってしまった今の旧居を訪れることは、少し辛い面もあるのだと改めて教えられたような気がしました。
写真家としての入江泰吉を称え、語り継ぐ場所であるだけでなく、
ひとりの人間としての入江先生をなつかしみ、奥様を思い出し、
静かに泣くことができる場所でもあり続けたい・・・。
そんなことを思いながら。
文 倉橋みどり 写真 石井均