2014年01月06日

二十四節気と七十二候のお話 その73

1月5日からは二十四節気の「小寒」。9日までは七十二候の「芹乃栄」(せり すなわち さかう)。
春の七草のひとつでもある芹が青々とする頃です。
春の七草は、「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ 春の七草」と五七調で覚えると忘れません。
七草といえば秋の七草というのもあり、万葉歌人の山上憶良の歌もありますが、俳句では単に「七草」(七種と書くこともあります)というと「春の七草」のことを指し、新年の季語になります。もちろん、芹、薺…と一つずつでも季語になります。
さて、三が日を過ぎるとスーパーの野菜売場には「七草粥セット」なるものが並びます。
七草粥は、お正月にごちそうを食べすぎた胃を休ませるために食べるのだとよく言われますが、昔の人は、まだ残る寒さにも負けず、青々と育った若菜をいただくことで、そのいのちの力を分けてもらいたいという思いの方が強かったことでしょう。
父と母は、10年ほど前から毎年7日が近付くと、近所の人といっしょに七草を摘み、お粥を作り、ふるまるようになりました。
「今年も七草が揃うじゃろうか」と心配する父に、
「揃わんかったら、あるものだけで作ったらええわあね」と母はどこか弾むような声。
畑を掘り、野で探した七草は、スーパーで売っているセットのように大きさも揃ってないだろうし、葉っぱには虫喰いもあることでしょう。
でも、そんな七草を使ったお粥を食べたら、きっと心の底から一年分の元気が湧いてくるに違いありません。

倉橋みどり
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2014年01月01日

二十四節気と七十二候のお話 その72

1月1日から5日は七十二候の「雪下出麦」。「ゆき わたり むぎ のびる」と読みます。雪の下で麦が芽吹きはじめる頃という意味です。ここ数年、年末年始は故郷に帰ります。山口は暖かいイメージがあるようですが、私の実家は山間にあることもあって、けっこう雪が降り、去年もその前の年も元旦は雪景色になりました。今年は珍しく雪にならなかったなと思っていましたが、萩まで初詣に行く途中、田圃にも屋根にも真っ白な雪が残っていました。

初詣は松陰神社へ、というのもここ3年続けています。萩で生まれ育った人ほどではありませんが、幼い頃から尊敬する人は?と尋ねられると、吉田松陰先生と答えるのが自然なことのように思ってきました。明治維新を誇りにも思ってきました。でも、奈良で暮らすようになると神仏分離令から起こった廃仏毀釈の痛手について考えないわけにはいかなくなります。松陰先生の門下生が目指した新しい国のかたちとはどんなものであったのか。改めて、私なりに考えてみたいと思うようになりました。今年はその第一歩を踏み出したい。強い思いが心の中に確かに芽を出したことを感じています。

倉橋みどり
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2013年12月26日

二十四節気と七十二候のお話 その71

12月27日から31日は七十二候の「麋角解」。「さわしかの つの おつる」と読みます。

「麋」とは見慣れない漢字です。「おおじか、なれし(じ)か」と読むそうでトナカイなど大きめの鹿をさすようです。
奈良公園の鹿とはまた違う種類なのでしょうが、その角が落ちる時期だという意味です。

それに、奈良の鹿の角は春先に落ちますから、この言葉はちょっと季節的に合わないような気もします。
さて、奈良で暮らすようになって、ほぼ毎日鹿の姿を見るようになりました。
それにしても鹿の角というのは不思議なものです。
本来なら春に自然に落ち、あんなに立派な角が生えてきて、しかも年齢を重ねるごとにだんだん大きな角を持つようになるというのですから。
奈良では、毎年10月に「鹿の角きり」が行われます。
鹿同士で、あるいは人間を傷つけることがないようにと江戸時代に始められたそうです。

毎年何か用事が入って、一度も「角きり」を見に行ったことがありませんが、鹿にとって角は体の一部。
そこを切りとられるというのは、たとえ神経が通ってないといってもどこか痛みを感じることに違いありません。
10月が終わると、お寺の前で、参道の途中で・・・角を切られた鹿たちとすれ違います。

これまでずっと私達人間と共に暮らしてきて、おそらくこれからもずっと人間と共に暮らしていくであろう奈良公園の鹿達の瞳は、
冬が深まるこの時期、何かを得れば何かを失うことを私達人間以上に悟っているような、そんな深い色を湛えています。

倉橋みどり
posted by アルカからのお知らせ at 19:51| Comment(0) | 七十二候