2016年12月20日

【入江旧居の二十四節気】冬至

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 2016年12月21日は二十四節気の冬至。
 昼の長さが一年でもっとも短くなる日で、言い換えれば太陽の力がもっとも弱まる日です。
 だから、柚子湯に入ったり、運にかけて「ん」がつく食べものを食べたりして、鋭気を養うのでしょう。
 そして、古来、この日がもっとも太陽の力が衰える日だとすれば、翌日からはまた力を盛り返していくのだと考え、「一陽来復」という言葉は縁起の良い言葉でもあるのです。
 これは、ものすごく前向きな考え方で、例えば、今年はあと残り数日「しかない」と考えるか、あと数日「もある」と考えるかによって、気持ちの有り様がまったく変わってくる・・・というようなことを思ったりもします。
 ところで、水門町の入江旧居の書斎にかかる時計は止まったままになっています。
 あるお弟子さんが、「入江先生が亡くなられてからは、ずっと止まったまんまなんや」と教えてくださいました。
 案内するときにそのことを紹介すると、
 「時が止まったままになっているようで、素敵ですね・・・」とおっしゃる方もあれば、
 「修理したら動くようになるんじゃないのか?」「早く修理しないと本当に動かなくなってしまうよ」などと心配そうにアドバイスしてくださる方もあり、人の受け止め方というのは実にさまざまだなあと思います。
 そういえば、旧居に遺された家具や蔵書などは、いつごろどこからこのお宅にやってきたものなのかがわかっていないものがほとんどです。
 旧居を案内するようになった最初のころ、ここでお見せしているすべてのモノについて正確に的確に説明できないことに、正直いって歯がゆい思いをしていました。
 でも、一年ほどたった頃からでしょうか、
 この旧居にあるものは、入江ご夫妻が所有し、使っておられたものというところに意味があるのだということを信じられるようになりました。
 そして、入館して下さった方との会話から、この旧居や遺品、そして、ご夫妻について、いままで知らなかったことがわかると、本当にありがたくありがたく感じられるようになりました。
 旧居の一般公開が始まったころから、口では「ものを見せる場所ではなく、感じてもらえる場所にしたい」と繰り返し言ってはいましたが、この頃ようやく心の底からそんなふうに思えるようになった気がしています。


   文 倉橋みどり 写真 石井均
posted by アルカからのお知らせ at 23:06| Comment(0) | 入江旧居

2016年12月07日

【入江旧居の二十四節気】大雪

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 2016年12月7日は二十四節気の「大雪」。
 入江泰吉旧居の床の間に飾ってある陶板には「雲」という一字が描かれています。
 底冷えがする日には、この入江先生の「雲」という字を、わざと「雪」と読み間違えてみたくなります。
 昨年もそうでしたが、今年も旧居の窓から見える冬紅葉はまだまだ美しく、少しでもよく見えるよう、応接間と廊下の間の障子を外していますし、さらに出入り口である玄関を一日中開け放っていることもあって、冬の旧居は暖房をつけていてもなかなか暖かくなりません。
 それでも嫌な感じがするどころか、ひんやりと研ぎ澄まされた冬の空気は、この旧居にとてもよく似合っている気がして、私は冬の旧居がとても好きです。
 そういえば、入江先生の最晩年のインタビューをまとめた本のタイトルは『大和路雪月花』。
 日本人の美意識は「雪月花」という3つの美しきものに集約されるといわれます。冬の雪、秋の名月、春の桜。どれも美しいだけでなく、はかないものでありながら、季節が巡ってくれば、またその美を見せてくれます。一種の永遠性をもっているといえるのが「雪月花」なのかもしれません。
 そう思うと、『大和路雪月花』というタイトルを選ばれた先生の思いの深さが改めて伝わってくるようです。
 ところで、温暖な奈良では、桜や月はともかく、雪が美しく降り積もることは年に一度あるかないか・・・。
 雪が積もった朝の、あの独特の深い静けさにこの家が包まれたとき。入江先生もきっと飛び起きて、玄関の戸をガタガタっと開け、撮影にでかけられたことでしょう。白い息をはきながら・・・・・。
 さあ、この冬、奈良に雪は何度積もってくれるでしょうか。


   文 倉橋みどり 写真 石井 均
posted by アルカからのお知らせ at 09:25| Comment(0) | 入江旧居